SPEEDIとは何だったのか

SPEEDIとは何だったのか

この問題は、自治体の原子力防災関係者にとっては重要な問題です。一般の人にとっては「少数意見の尊重の意味」「多様性の尊重の意味」「報道をどう捉えるか」「ゼロリスクを求めるべきか」などについて考える素材だと思います。問いは2つ。あのときSPEEDIは使えたかと、そもそもSPEEDIは使えるものか、です。ここに考える素材を提供しますので、各自ご判断ください。

【問い1】SPEEDIは311のとき避難の役に立ちえたか。

SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)は、311の際に避難に活用されませんでした。これに対して2つの見解があります。
A: 避難に活用すれば役に立ったはず(多数意見)
B: 避難には役立ち得なかった(極めて少数の意見)

基本情報:SPEEDIはどんなシステムか

SPEEDIは、原子炉の温度、気圧、放射線量などのデータをERSS(緊急時対策支援システム)から受け取って、SPEEDIが持つ地形情報と気象予測とに照らし合わせ、原発周辺地域の被曝量を予測し、避難を指示すべき区域を決定するための情報を提供するシステムです。

311以前、SPEEDIはどのように使われていたか

2010年秋に福島県で行われた原子力防災訓練では、SPEEDIの被爆予測を元にして避難指示区域を決め、避難訓練をしました。

上のSPEEDI予測図には2010年11月26日13時から翌日14時までの間に赤点線のエリアにいると10mSv被爆すると予想しています。その予測から避難指示を出すべきエリアを斜線で示しています。

311のときSPEEDIはどういう状態だったか

第一原発は全電源喪失しましたので、ERSSから原発の情報は一切入ってきません。緊急時モニタリングは一部行われていましたが、モニタリング結果を迅速に届ける通信手段がありませんでした。

311後に国と福島県はSPEEDIをどう扱ったか

SPEEDIの担当部署では、原発の状態がわからなかったので、第一原発が仮に1時間に1ベクレルを放出したとすれば次の1時間にどの地域でどの程度被爆するかという予測図(定時計算)を1時間ごとに描いて、それを福島県庁等に送りました。国と福島県はこのデータを避難に活用せず公表もしませんでした。

県が避難対策に利用しなかったSPEEDI定時計算とは

福島県庁では3月13日10時すぎに、国に依頼し3月12日の1時間ごとの定時計算をまとめてFAXで送ってもらいました。その写しはネットでここに公開されています(28枚を1つのPDFに統合したものはこれ)。そのFAXを時間ごとに並べ、これらに12日に起きた1号機ベント指示やベント、水素爆発、南相馬で夜に観測された放射線量、事後にモニタリングポストを回収して得られたの情報(5PMの双葉900μSv/h)を加えると次のようになります。

上のSPEEDI定時計算は3月11日から作成されていました。しかし、2011年5月まで政府はこれらを公開しませんでした。そのため、県は下の3月23日逆計算図を受け取っていたと誤解する人が多くいます。しかし、県が受け取っていたのは1時間ごとの風予報なのです。これらは現在、下の国会図書館のワープサイトで確認できます。

2011年3月23日、原子力安全委員会は逆推計した被曝量図を公表

上の右図は車などで実測した放射線量に合致するように3月23日にSPEEDIを使って描いた逆推計です。3月13日の走行サーベイで南相馬市西部で探知した汚染ピークなども反映されています(→「汚染はどう広がったか」)。上の左図は5月6日の航空機モニタリング結果です。

事故調査委員会はSPEEDIをどう評価したか

2つの事故調は全く別の結論を出しました。

政府事故調は、「定時計算の結果は、放射性物質の拡散方向や相対的分布量を予測するものであることから、少なくとも、避難の方向を判断するためには有用なものであった」(中間報告V PDF259頁)としました。

国会事故調は、SPEEDIは「初動の避難指示に活用することは困難であった」「安全委員会が公表した逆推定計算の結果は、あたかも予測計算であると誤解されたために、すみやかに公表されていれば住民は放射線被ばくを防げたはずである、SPEEDI は本事故の初動の避難指示に有効活用できたはずである、という誤解と混乱が生じた」(PDF39頁

SPEEDIはどう報道されたか

これは今でもgoogle検索すれば山ほど出てきます。SPEEDIは避難の役に立ったはずだが国や県はそれを隠蔽した、というのが主なものです。当初報道はその隠蔽を暴けなかったという論調も多くあります。

読売新聞2012年3月5日付朝刊

事故発生当初、政府、東電が意図的に情報を隠し、国民の不信感をいたずらに拡大させた。

その典型例が、目に見えない放射性物質の脅威から住民を守る放射性物質拡散予測システム「SPEEDI(スピーディ)」の混乱。データ公表を巡って、昨年3月11日の事故直後から、政府とメディアの攻防が続いた。

12日、1号機で水素爆発が起き、原発周辺の放射線量は上昇した。「スピーディが活用される」。1999年のJCO臨界事故などでの取材経験から、読売新聞はスピーディを所管する文部科学省の取材に着手した。だが同省は、原発の機器故障で、正確な放出源情報が得られないことなどを理由に、予測データの提供を拒否した。

メディアは同省の記者会見で公開を再三要求し、本紙は23日付朝刊で専門家の意見を添え、政府の後ろ向きな姿勢を批判した。これを受け、政府はその日に公開を始めたが、表に出たのはごく一部。実際には、事故直後から放射性物質の放出量を仮定して、様々な予測を繰り返していた。そのデータは住民避難など肝心の時に活用されなかった。…(略)…

だが、こうした「隠蔽体質」を、メディアも追及しきれなかった。スピーディの運用規則では〈1〉放出源情報が不明でも、仮の数値で計算する〈2〉住民避難に活用するなどが定められていたが、記者側の理解が不十分だったため、その場しのぎの政府の説明を突き崩せなかったという教訓が残った。

2014年8月25日05時35分 朝日新聞

 予算が大幅縮小される「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)は、原発事故時に住民避難を判断する要になるはずだった。しかし、福島第一原発事故では期待された役割を果たせなかったうえに情報も公開されず、不信や混乱を招いた。自治体にも予測に頼らない避難への備えが求められているが、態勢づくりは道半ばだ。

 福島の事故当時、SPEEDIはただの「風向計」になってしまっていた。

 もともとは、放射性物質が、いつどこへ、どれだけの濃さで届くかを即座に予測し、住民避難に役立てるはずだった。ところが、予測のもとになる「放出源情報」が得られなくなった。

 原発からどれだけの量が出ているかを示す刻々のデータ。これを気象や地形のデータと合わせて計算するはずだったが、地震や津波で電源を失って原子炉の情報が得られず、どの部分から放射性物質が漏れているのかもわからなくなった。

 SPEEDIにとって、長時間データが得られないのは想定外だった。この結果、放出源情報を1時間に1ベクレルと仮定した予測(単位量放出)を続けることになった。わかるのは風下の方向のみで、濃度の数値は示せない。こうした情報の扱いも決まっていなかった。

 元原子力安全委員長の班目春樹氏は「風向きはぐるっとまわるため、単位量放出では見極めは難しかった」と言う。別の専門家は「放出源情報を把握し、予測できるという考え自体が安全神話だった」と指摘する。

 こうした教訓から、原子力規制委員会が昨年改定した指針では、予測に頼らず判断することにした。重大事故が起きた段階で5キロ圏は即避難。5~30キロ圏は屋内退避し、毎時500マイクロシーベルトになった区域ごとに数時間以内に避難する。

 各自治体で進む避難計画づくりもこの指針に基づく。測定に使うモニタリングポストも、よりきめ細かく測れるよう増設する。九州電力川内原発がある鹿児島県は22カ所を67カ所にした。詳細な測定のため移動式の44台やモニタリング車1台も活用する。

 ただ、5キロごとという目安はあるものの、詳しい設置基準はいまだ明確になっていない。判断にどれだけのデータがあれば十分かははっきりせず、各地の設置も途上だ。30キロ圏外については、避難や屋内退避の判断基準はなく、9月から規制委が議論を始める段階だ。

 自治体にはSPEEDIに期待し、より多く判断材料を持ちたいとする意識が残る。規制委には予測精度への疑問から不要論もあるが、新たな考え方は必ずしも浸透していない。

 鹿児島県の担当者は「国の考えに合わせざるをえないが、予測が全く使えないわけではない」と強調。「福島では、使う側に有効という認識がなかった。運用の仕方が悪かっただけだ」とも話す。

 自治体は実測データをもとにした避難計画づくりや避難訓練などの対応を迫られる。しかし、参考情報に格下げされたSPEEDIで実測をどう補完し、いつ誰が使うかも決まっていない。北海道の担当者は「参考情報としてどう活用するのか国は早く示して欲しい」と注文する。

 SPEEDIは仮の事故の予測も計算でき、自治体の避難計画づくりにも使われてきた。13年度は17道府県が計算を依頼したが、規制委は「一通り終えた」として今年度の依頼は受けていない。今後は独自の予算による計算が必要になる。(川田俊男)

県災害対策本部はどう考えたか

最初のSPEEDIが避難の役に立ちえたかという問いに対し、当時、福島県災害対策本部にいたK氏はNOと考えました。その根拠は次のとおりです。

  • 当時放射性物質はいつ放出されるか全く予測できなかった。爆発はもちろん、人為的なベントでさえ排出時間が予測できなかった。たとえば国のベント指示は12日朝9時に出されたが電力喪失と高線量のためベントできず、実際にベントできたのは14時半。これで爆発は防げたと思ったら1時間後に爆発した。
  • 通常、SPEEDIは煙突(排気筒)にあるセンサーから放射性物質の放出情報を得られるはずだった。しかし、すべてのセンサーは動いてないし、仮に煙突のセンサーが動いていたとしても、放射性物質は煙突に限らずいつどこから噴出するかわからなかったので、SPEEDIが役に立つとは思わなかった。
  • 放出予測ができないので、SPEEDIは毎時必ず1Bqの放射性物質が放出される前提での作図だった。その結果SPEEDIの定時計算は風向予報と同じだった。風予報は気象庁から出せばいいし、風が原発方向から来ているかどうかは現場でわかる。
  • 避難行動には少なくとも3時間以上が必要なので、次の1時間の風予報を見て避難行動や避難指示を決めることはできない。12日は風が時計のように回っていて、こんな予報で県民を右往左往させることはできない。
  • 今となっては、役に立ちはしないがと断ってマスコミにFAXを投げ込むのも一案だったと思う。そうすれば混乱しなかったかもしれない。しかし、当時、公開は作成した国の責任と考えていた。
  • 後に、SPEEDIのメールを削除した問題で職員が処分されたが、処分の理由は職員が上司への報連相を怠ったことと処分そのものが遅れたことであってSPEEDIを活用しなかったことやそれを公表しなかったことではない。

SPEEDIメール削除問題
県では職員が受け取ったSPEEDIデータを災害対策本部内で共有せずに削除していたことが後日判明し、職員らを処分しました。→その顛末はこちら

【問い2】そもそもSPEEDI拡散予測に基づいた避難指示は可能なものか。今後の原発事故の際にSPEEDIを使うべきか。

政府の方針

今後、原発事故があればSPEEDIは使わず、原発の危機レベルに応じ、また、実測した放射線量に応じて、避難指示をどうするか決める。例えば原発が冷却機能を失えば5km圏内は避難開始、30km圏内は屋内退避。空間線量が500μSv/hを上回れば数時間以内に避難指示、20μSv/hを上回れば一週間以内に一時移転、など。これに対し、政府方針は結局被爆を容認することになるとして反対する意見もある。

報道

 日経2016/3/17 11:39

原子力規制委員会は17日までに、原子力発電所で事故が起きた際の住民避難の判断に、放射性物質の拡散を予測する「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」を使わないとする従来の方針を確認した。

予測は信頼性を欠き、不確実な予測をもとに避難すると、混乱を招き、被曝(ひばく)の危険を増大させる恐れがあると指摘。避難は原発周辺の放射線量の実測データに基づいて判断すべきだとしている。

原発の立地自治体には迅速な避難につながるとして予測の活用を求める声があり、政府は11日の原子力関係閣僚会議で自治体の裁量でSPEEDIを使うことを認めた。規制委がSPEEDIの信頼性に改めて否定的な見解を示したことで、自治体は難しい判断を迫られそうだ。

朝日新聞 2014年10月8日

原発などで重大事故が起きた際に放射性物質の広がりを予測する「SPEEDI(スピーディ)」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)について、原子力規制委員会は8日、住民避難などの判断に使わない運用方針を決めた。すでに、放射線量の実測値をもとに判断する態勢に転換しているが、SPEEDIの使い方があいまいで、避難計画を作る自治体から明確化を求められたためだ。東京電力福島第一原発事故では、予測のもとになる原子炉などの情報が得られないなか、初期の住民避難に活用されず問題になった。規制委は昨年2月に原子力災害対策指針を改め、重大事故が起きた段階で5キロ圏内は即避難、30キロ圏は屋内退避したうえで、周辺のモニタリングポストによる放射線量の実測値をもとに避難などの判断をすることにした。

事故前、避難の指標とすると位置づけられていたSPEEDIは、「参考情報」に格下げされた。だが、使い方は具体的に示されておらず、予測結果を避難の判断に使えると受け止める自治体もあった。この日に決めた運用方針で、避難の判断以外の使い方を示すことを明記。放射性物質の放出が収まった後、放射性ヨウ素などの被曝(ひばく)線量の事後評価などの例を示す。対策指針に基づくマニュアルは、重大事故発生時にSPEEDIで計算を始め、結果を公表するとしているが、混乱を招くおそれがあることから、計算自体しないよう修正する。さらに、委託先の職員が24時間常駐する態勢をなくし、緊急時に対応できる程度に縮小する。規制委は来年度予算の概算要求で、維持管理や調査の費用を今年度より7割以上減額し、約1・6億円としている。

当時原子力安全保安院次長の発言

このことに関して、311当時原子力安全保安院の次長だった平岡氏は次の趣旨の発言をしていて、ネットでも同様の発言が出ています→note1note2note3

    • 今回事故時にSPEEDIが役に立たないのは理解していた
    • 平時であっても、ERSSとSPEEDIで放射能拡散予測して避難指示することが実際には難しいと2003年には気づいていたが、改善する余力がなかった。
    • SPEEDIが役に立たないのに役に立つようなふりをして避難訓練をしていたことが誤りだった

【問い3】どんな技術を使うにせよ、過酷事故でそもそも拡散予測は可能なものか。

たとえば、放射性物質が工場の煙突から出る煙のようにだらだらと継続的に放出されるのであれば、あるいは、◯時◯分ごろ1億ベクレルが放出されると予測ができれば、風予報と合わせて次の1時間の拡散予測はできるかもしれません。しかし、たとえばチェルノブイリの爆発のように、あるいは、福島第一のような事故展開のような場合に、拡散予測を行う技術などありえるでしょうか。拡散予測技術を求めるのは、「安全神話」を聞かせてくれと求めるのと同じではないでしょうか。

【問い4】住民個々の判断材料と避難指示の判断材料は同じでしょうか

今回のようなSPEEDIの定時計算(風予報)や気象庁の風予報そのものをTV画面の隅にNHKや民放が常時映しておけば、自己責任による個々人の避難の判断材料にはなるかもしれません(SPEEDIの定時計算が避難の役にたちえたと政府事故調が言うのは個々の住民の自己判断の材料としてという意味かもしれません)。しかしそれを国や自治体が避難指示に使えるでしょうか。これらは別々の問題ではないでしょうか。

【問い5】次の原発事故の際に国やTV局は風予報を出すべきか

次の原発事故の際にTV局が自発的に風予報を出すのはいいのではないでしょうか。それを見て冷静な国民は「午後は原発方向から風が吹いて来るから午前中に避難しよう」や「今は原発方向から風が吹いているから家に留まろう。3時間後には風向きが変わるという予報だからそれまで待とう」などと判断をするのでしょう。ただTV局がそれを出す判断ができるかは微妙です。国は「風予報を出すので各自避難の判断をしてください」などと言うのでしょうか。

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