甲状腺がん診断数の増加

甲状腺がん診断数の増加

甲状腺がん又は疑いが200人超って被爆のせい?

福島県では原発事故当時18歳以下だった子どもたちに対して超音波診断による広範な甲状腺がん検査(スクリーニング)を行っており、その結果甲状腺がん又はその疑いと診断された例が200人を超えています。この結果について、岡山大学の津田敏秀教授は福島で甲状腺がんが20倍~50倍に増えたと論文を学会誌に発表しました。これを受けて「福島で甲状腺がんが50倍」という報道があちこちにありました。

これは事実なのでしょうか。まず、原発事故によって甲状腺がんが著しく増加したとする説の内容を見てみましょう。

被爆の影響で甲状腺がんが激増したという説(仮称:被爆増加説)

2010年における男女計の甲状腺がん罹患率は、日本全体で人口10万人あたり約8人です。福島県では、2011年当時18歳以下の子どもの人口は36万人なので普通なら罹患数は30人程度であるはずなのに、2018年ですでに200人を超えています。これをもって原発事故による被爆で甲状腺がんが激増した、と主張する人が、岡山大学の津田敏秀教授をはじめ、少なからずいます。

甲状腺がんの基礎知識1:甲状腺がんは検査により増加する

この問題を考えるにあたり、知っておかなければならない基礎知識の一つは、甲状腺がんは広範囲の検査(スクリーニング)をすれば多数発見されるということです。これをスクリーニング効果といいます。韓国では、甲状腺検査を広く行うようになってから甲状腺がんの罹患率が上昇しました。2011年では人口10万人あたり約70人です(下図)。

福島県では、18歳以下を対象に甲状腺検査をはじめて、その8割の人が受診していますから、スクリーニングによって罹患率が全国平均の10倍以上になることはありえるわけです。ただ、このことだけをもって被爆の影響が全くないと断言することはできないと思われます。

甲状腺がんの基礎知識2:甲状腺がんの潜伏期間は長い

福島での一巡目の甲状腺がんスクリーニング(先行調査)は、2011-2013年に18歳以下の県民約36万人に対して行われ、80%(約30万人)が受診し、112 人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」となりました。これをもって津田教授は甲状腺がんが20倍~50倍に増えたと主張したのですが、これに対しては、甲状腺がんはゆっくり成長するもので、事故後2年程度で原発事故を原因とした甲状腺がんが検診で発見されるほどに成長するとは考えられない、とする反対意見が多くあります。

この考えに立てば、一巡目の検査で見つかった112人は原発事故がなかったとしても見つかるはずの罹患数だったわけです。一巡目の検査を「先行検査」と称するのは、これが「被爆影響が出ないうちに罹患数を調べる」という意味が含まれているからです。ですから、原発事故の影響が表れるかもしれない二巡目以降にどれだけ罹患数が増加するかがむしろ問題になります。

甲状腺がんの基礎知識3:年齢を重ねるごとに罹患率が上がる

さらに押さえておかなければならない基礎知識は、甲状腺がんは年を重ねるごとに罹患率が上がるものだということです。二巡目以降、原発事故から4年を経て被爆影響により甲状腺がんが増える可能性があるとしても、元々4年を経れば甲状腺がんの罹患数はある程度増えるということを踏まえておかなければなりません。

問題1:福島の甲状腺がん増加が被爆影響なのか

​この議論を考えるためのポイントは主にふたつ。ひとつは、子どもたちの被爆時年齢。もうひとつは、甲状腺がん罹患者の地理的分布が汚染の分布と一致しているか、です。

被爆時年齢を理由に放射線が甲状腺がん多発の原因とは言えないとする説

岡山大津田教授の論文に対し、二週間後にYoutubeで反論その訳)がありました。その理由の1つは、事故時の年齢分布がチェルノブイリと福島とでは全く違うことです(下図)。チェルノブイリ事故では放射線影響を受けやすい幼児に甲状腺がんが多数発見されましたが、福島の先行検査では、事故当時5歳以下の子どもでは発見されませんでした。

チェルノブイリ事故の甲状腺がん患者の事故時年齢分布は、年齢別の放射線の影響の受けやすさ(下図)と同じ傾向にあると受けとめられています。

もともと甲状腺がんは65歳ごろまで増え続けるものです。福島の事故時年齢分布はその傾向と合致しています。そのため、福島でみられる増加は、スクリーニング効果が主な理由だと主張されています。

二巡目検査でも幼児の甲状腺がんは増えず

本格検査(二巡目)は2014-2015年に事故後の新生児を加えた38万人を対象に実施し、27万人が受診(受診率71%)しました。うち71人が新たに悪性または悪性疑いとされました。しかし、本格検査でも事故当時0歳から4歳の子どもに甲状腺がんは発見されていません。

甲状腺がんの有病率と地理的な汚染分布は関係があるか

下に甲状腺がん有病率を色分けした地図と汚染地図を並べました。同じ図を見ても、汚染と有病率は関連があるとする人とないという人がいます。どう考えますか。

この問題を考えるには汚染が広がりと避難のタイミングを考える必要もあります(→汚染はどう広がったか)。たとえば、いわき市では大規模な汚染が流れたのは15日の未明であり、そのとき多くの市民はすでに避難していたか、屋内にいたと考えられます。これに対し、北方では、まだ避難しきれていない12日の夕方に双葉町、浪江町、南相馬市へ汚染が流れたため、高リスクの人がこの地域にいる可能性があります。

福島の甲状腺がん増加は被爆が原因か否か:my 結論

この問題の結論は各人が出すべきですが、おおむね被爆原因は少ないと見るべきではないでしょうか。理由の1は福島の場合、チェルノブイリと違って、原発事故のとき0歳から4歳の年齢層で甲状腺がんの増加が見られないこと。理由の2は、200の発見例のうち、放射性物質の直撃を免れたと見られるいわき市で33例も発見され、線量がそれほど高くない郡山市や福島市で60例以上発見されるなど、約200例のうちの大半が汚染分布と関係がないように見えることです。

ただ、上述のとおり3月12日に双葉・浪江・南相馬あたりに滞在していて被爆した子どもがいる可能性があるので、被爆の影響が全くないとも言えず、当時の行動記録も踏まえて注意深く見守る必要はあるのではないでしょうか。

問題2:半強制的な甲状腺スクリーニングを続けるべきか

「広く検査して徹底的に治療した方がいいに決まっている」と思われる方も多いでしょうが、事はそう簡単ではありません。甲状腺がんは死亡につながる例が少なく、検査で見つからなければ生涯見つからずに幸せに人生を終えたかもしれないからです。チェルノブイリ事故でも6000人の甲状腺がんと診断された人のうち亡くなったのは15人といわれています。見つからなければ一生悪さをしなかったであろう甲状腺がんを見つけて切除すれば次のような不利益が考えられます。

  • 手術による精神的肉体的苦痛と傷跡
  • 甲状腺を全摘術や亜全摘術すれば生涯甲状腺ホルモン薬を飲まなければならない
  • 将来結婚・妊娠できないのではないかとの心配がストレスになる
  • 生命保険に加入できない可能性

そのため「広範な甲状腺がん検査はやめて希望者だけにするべき」や「学校で授業の合間に甲状腺がん検査をするなど事実上半強制的な甲状腺がん検査はやめるべき」といった意見が出ています。

他方、「できるだけ広範囲に甲状腺がん検査を続けるべき」「いましばらく広範囲の検査(スクリーニング)を続けるべき」などの意見もあります。

何が福島の子どもたちの幸せにつながるのか。以下に考える素材を提供しますので、各自考えてみてください。

スクリーニング検査は見つけなくてもいい甲状腺がんを見つけている可能性

韓国ではスクリーニング検査をはじめてから甲状腺がんが激増しました。スクリーニングの受診率が10%上がると有病率が10倍になるとされており、受診率が70-80%の福島では50倍さえありえるとされています(越智小枝医師)。

また、米韓ともに、甲状腺がんを多数発見して治療しても死亡率は下がっていません。そのため、甲状腺スクリーニングには死亡率を下げる効果はなく、甲状腺がんは症状が出てから治療すればよいという主張があります。

見つけなくてもいい甲状腺がんを見つけているとすると、200人もの甲状腺がん(または疑い)を発見し多くが手術を選択したこと、200人のうち半数は、いわき市、郡山市、福島市など汚染の激しかった地域以外の子どもであるという事実は痛々しくはないでしょうか。

発見された甲状腺がんを手術で除去するのは過剰治療か

福島で甲状腺がんと診断された人の多くは除去手術を選択しています。経過観察で済ませようとする人は少数です。また、手術をした多くの例でリンパ腺転移が見られたとのこと。多くの手術を担当した福島医大の鈴木医師はこの状況を「過剰治療ではない」としています。

見つけなくてもいいがんを見つけているとすれば、それを手術で除去するのは過剰治療になりそうですが、これを過剰治療と批判する意見はほとんど見当たりません。医療倫理の観点から見つかった病原(疑い)は治療するべきと考える医師が多いようです。

前立腺がんのPSA検査にも同じ問題

広範な検診が過剰診断を生む可能性は、前立腺がんにもあります。ここ25年で前立腺がんが6倍に増えました。理由はPSA検査が普及しつつあるからと見られています。

PSA検査については、米国予防医療専門委員会(USPSTF)が2011年に「すべての年齢で推奨しない」としました。2018年には「55-69歳では個人の選択、70歳以上は推奨しない」とやや反対姿勢を緩めましたが、依然消極的な評価です。

マンモグラフィについても同じ問題

米国予防医療専門委員会(USPSTF)は、50-69歳女性については2年に1回のマンモグラフィ検査を推奨するが、40-49歳女性については個人の判断によるべきとしています。マンモグラフィが偽陽性の乳がんを見つけること、そのため不必要な生検や過剰診断があることが理由です。

たとえ多数の過剰治療があるとしても救える命を救うために万全を期すべきか

日本では、PSA検査、マンモ、甲状腺がんスクリーニングが過剰治療をもたらすという問題はあまり議論されていません。日本では、たとえ多数の過剰治療があったとしても、みんなで苦痛を分け合って、有病者を見つけ出して早期に徹底的に治療しようという考えが優勢なのでしょうか。

USPSTFは、無症状の成人における甲状腺がんに対するスクリーニングは行わないことを推奨する、としています。WHO国際がん研究機関は、次に原発事故が起きた際には全住民に対する甲状腺がんスクリーニングは推奨しない、としています。

米国ダートマス大医学部教授 のウェルチは、精度の高い検診により生前にがんをすべて発見した場合、これが過剰診断である確率は、前立腺がんで87-94%、乳がんで43-90%、甲状腺がんで99.7-99.9%と推定しています(→論座)。

そんな過剰診断・過剰治療のリスクのある甲状腺がんスクリーニングを、福島県の子どもであるという理由だけで、全員が一律に受け続けなければならないのでしょうか

半強制的なスクリーニング検査を続けるべきか:my結論

この答えも各人が出していただきたいのですが、筆者としては、学校の空き教室で授業の合間に検査をするような事実上の全員検査はやめて、希望者のみ検査する体制にするべきと考えます。